わたしはいつだって魔法のようなものを探しているから、「なにか」を通して劇的に良くなることを空想する。
脳みそに電極繋いで、ばちっとしたら、一瞬でとても生きるのが楽になるとか。そういうスイッチがあればいいのに。ない。
よく英語にしてもダイエットにしても楽器にしても、一夜にしては変わらない、地味にコツコツと積み上げることでなんとなくの変化を感じるものだ。
その変化の実感すらもうよろこびは失ってしまった。
例えばピアノが弾けるとして、でもそれは幼少期からの積み重ねがあるからで、ピアノを弾けるのは楽しいけどなんというか当たり前のことで劇的な幸せはない。
ふつうで当たり前のことです。
英語だってまだまだなんだけど、ただ言語をしゃべってるだけじゃないか。ふつうのことである。
しかしわたしが突然韓国語が喋れたら、あるいは突然ギターが弾けたらそれは魔法で素晴らしくて、わたしはそういうことを求めてる。
ある日突然、ギターが弾けちゃったってその過程を抜きにして結果が現れてたら、夢みたいな輝きがあるよね。
過程なんかいらない。
そんなふうにわたしの精神や脳もぶちぬいてすっかり素晴らしく変えてほしい。
地味な変化とかまじでいらんから、やべー薬でもいいからどうにかしてほしい。
残念ながら、この世にはそんなことは稀で、ほとんどは見えない意識下にせよ段階を踏んでそれに至ってる。
とある出来事でよく人生変わったとか言うけど、それは点でバチっと変わったわけでなく、線でじわじわと変化したことを振り返って気づいたパターンなのではないかと思う。
なんかもうバチっとその地点で変えてほしい。パラレルワールドにいくかのように劇的に変えてほしい。
この思考回路で、感情で生きるのは疲れた。
努力はしたけど、変わらないんだよね。
人間の脳は可塑性があるからすぐに戻ってしまうからね。
ロボットになれればいいのに。
ただ一つだけその「劇的な」変化を実感したことがある。
それはダイエットのつもりではなかったが、普段は大食いなのに重度のストレスと不安がかかると急になんも食べれなくなるとき、1週間で三キロとか痩せるんだけど、そういうときうまく歩けなくて体がふわぶと軽くて空も飛べるはずな気持ちになったものだ。
それが唯一体感できる劇的な変化だ。
ならば、あー食べなきゃいいのかなーって。
今は別に過度なストレスなんてないし中途半端な不安だから普通にめっちゃ食べてるけど笑
中途半端がよくないわ!!断食?いや絶食せよ!!目指せ!即身仏!それしかない!!
以前は拒食の子の気持ちはかまちょやろ?思ったけど、これの快感も大いにあるのかもしれないな。ならすごくわかる。
わたしは食べるけどね。



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