今までは英語の修行と思って渋々映画の番組をyoutubeで見てたけど、近頃は興味そそられる番組はそんなん関係なく見るようになった。
見ているのは主にメンタルヘルス分野で、知らん単語が多いが、ある程度単語を理解すればだいたいわかる。なぜなら興味があることなら、すでに知識をもっているからです。
特に心を打たれたドキュメンタリーがこれです。
オンタリオにある精神病患者の施設で撮られたドキュメンタリーです。
このタイトルにもなった統合失調症患者の男性は母親を殺してしまいます。
それでもなお、彼の父や兄妹は愛を持って真摯に彼に向き合っています。
彼の家族は妻や母が殺された被害者であり、なおかつ加害者の家族という複雑な境遇だけど、それに絶望しながらも逃げ出さずに懸命に彼と接しています。
なによりも彼自身が母を殺した自分自身がいまだに許せないでおり、苦しい状態のまま死なずに生きていることにわたしは心を打たれました。
彼の母は彼のことをとっくに許していて、それ以上苦しまないでと思っているはずですが、それでもなお彼は自分自身を許していません。
彼はおそらく病気がなければ、ハンサムだし昔は自信に満ち溢れていたというから、スクールカースト上位の2000年くらいのアイドルみたいな雰囲気です。
しかし病気がすべてを狂わせました。
精神的な病だとよく生い立ちや家庭環境が大きな影響を与えるといいますが、彼のようにそれが整っていてさえ発症するのです。
そうなるとますます肉体的な病気と何の違いもないじゃないかと思います。脳の病気つまり、肉体的な病気なわけです。
ところで、精神病の人の犯罪は、責任能力がないので無罪あるいは減刑される、それは不公平だという世間の声があります。
被害者や被害者家族の立場だったらそれは当然です。
そしてそれを取り巻く世論、つまり第三者もほとんど被害者の立場で意見を持っているように見えます。
そのことはますます彼らを疎外するかもしれません。
おそらく彼らは弁護士以外の味方はゼロです。
彼の家族のような愛情深い家族は極めて珍しく、たいていは見捨てられているとすると、どこにも居場所はありません。
このような状況で思うのは、第三者は被害者の立場に立つのは簡単なことだが、加害者の立場に立つのは極めて難しいということです。
自分がある日癌が発覚するように、精神疾患になることが想像つかず、いつまでも“正常”な自分でいられると信じてやまないからです。
肉体的な病気で体が動かなくなるように、脳の一部が動かなくなり、自分自身が制御できなくなり、他人に危害を与えてしまうかもしれない可能性は誰もが持ち合わせているはずです。
たしかに難しいです。



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