32才の今の自分

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あぁここは9才の時通ってた市進学院だとか、4才の時通ってたヤマハ音楽教室だとか、地元をふらふらすると子どもの頃の自分がそこにいる感覚に陥ります。

あぁその子どものわたしは、今のわたしをみたらショックで大泣きしちゃうんだろうなと思います。

子どもの頃はビビアン・スーになりたかったです。

喋り方真似しすぎて、ふつうに喋っててもカタコトな日本語になってた小学生でしたが、その余韻?後遺症?が未だにあとを引いており、日本人なのにどうしてカタコトなんだと問われることが現在でもあります。

最近も、バンタンの日本語真似さしてたら「さしすせそ」が「しゃしぃしゅしぇしょ」になってきてしまいました。

まぁそれはさておき、子供の頃はこんな32才になるなんて想像してもなかっただろうな。

かわいそうに、、と思ってこっちが泣けてきますね。

でも一つだけかなってる事があります、子どもの頃は誰かが死ぬのがすごく怖くて、どうか誰も死にませんようにと思っていました。

自分が死ぬより周りの誰かが死ぬのがすごく怖かったですね。

なんか子どもの頃は「神からの司令」がよく頭の中に届いて、「これから30回マンホールの上でジャンプしないとおばあちゃんが病気になる」とか「神」から司令がきて、半泣きになりながらわけも分からずマンホールの上でジャンプしてましたね。。

急に、ランダムに、しかもわけわかんない司令だからもう気が狂いそうでしたね。

統合失調症にならなくて良かったです。

統合失調症の人はキチガイじみてるみたいに思うかもしれないけど、わたしにとってはすごく説得力ある恐怖や不安です。

わたしは大人になるにつれ、その「声」を無視できるようになったけど、無視するにはあまりも強烈で確固たる声ですから、負けてしまう人も多いのもわかります。

その「声」がなくなって欲しいっていうのも子どもの頃は常に思ってました。

あと子どもの頃のもう1つ大事なお願いがあって、それは両親が離婚しませんようにというお願いでしたね、まじ小学生の頃は親がめっちゃ仲悪くて毎日心がえぐれそうでした。

小学生の頃、さくらももこのエッセイが流行っててわたしも大好きで読んでたけど、さくらももこの両親の離婚危機みたいなエピソードを読んで泣いてましたね。

もうまじでトラウマです。根本的な不安です。

そう考えれば、おじいちゃんおばあちゃんもみんな元気で誰も死なず、その「声」も無視できる、両親も仲良い32才の今、子どもの頃の根本的な願いは叶ってたのでした。

だから、もう泣かないでください。

あたしがビビアン・スーでなくても、いちばん大事なお願いは叶っていたからね。

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